お知らせ

お知らせ

twitter

ル・コルビュジエ(Le Corbusier)1887-1965 スイス

photo

20世紀の巨匠建築家としてその功績は高く評価されつづけています。
近代建築の三大巨匠の1人。黄金比率に魅せられ、幾何学形態の中に建築のモチーフを見出し、たくさんの作品を手がけました。
19世紀からの近代合理主義をモダニズムデザインという新しい美学へと結晶させていった人物で有名です。現在の都市のあらゆる建築にその思想は受け継がれ、さらに絵画や彫刻、都市計画などといった分野でも多彩な才能を発揮しました。また、彼の事務所に所属した日本人愛弟子、坂倉準三、前川國男、吉阪隆正らは日本のモダニズム建築の先駆けとなり、丹下健三などの日本の建築に大きく影響を与えたと言われ、日本の近代建築に大きく貢献しました。
上野にある「国立西洋美術館」が日本での彼の唯一の作品です。

コルビュジエ財団

ル・コルビュジエこと本名シャルル・エドゥアール・ジャンヌレは、鉄筋コンクリートを利用し、装飾のないスムーズな外面処理、伝統から切り離された合理性をモットーとしたモダニズム建築の提唱者です。
彼の思想は、その後世界中に後継者をうみ、1960年代に絶頂を極めましたが、その反動から1980年代には装飾過多、伝統回帰的なポストモダニズム建築が勃興しました。「住宅は住むための機械である」という言葉は、彼の建築思想の代表的なものとしてよく引用されますが、本当は美しく機能的で便利であることなどに繋がる、と伝えたかったのでしょうか。

建築家としての評価より、芸術家・アーティストとしての活動に興味があった様子で、コルビュジエは生涯、自分に感心を持ちつづけたアーティストといえるでしょう。


コルビジェの生い立ち

フランスとの国境に近いスイスの山間の町ラ・ショー・ド・フォンに、時計職人の次男として生まれました。
家業を継ぐため地元の装飾美術学校に通いますが、建築の専門的な教育は受けていません。
美術学校在学中に、ル・コルビュジエの才能を見いだした学校長の勧めで、建築家のルネ・シャパラと共に、地元の宝石商の住宅、ファレ邸の設計を初めて手がけました。
翌年にはパリへ行き、鉄筋コンクリート建築の先駆者、オーギュスト・ペレの事務所、1910年にはペーター・ベーレンスの事務所に籍を置き、短期間ではありましたが建築を学びました。1920年には、協力者とともに雑誌「レスプリ・ ヌーヴォー」を創刊。
この頃からル・コルビュジエというペンネームを用い始めました。1922年に従兄弟のピエール・ジャンヌレとともに事務所を構え、1923年にレスプリ・ヌーヴォーに掲載された、自らの記事をまとめた著作「建築をめ ざして」を発表し、世界中の建築家から注目を集めました。


東方への旅立ち

1911年(24歳)から約半年間、ベルリンから東欧諸国、トルコと経て地中海、ギリシャ、イタリアを巡る東方への旅へ出ました。
この旅は、建築家として本格的に歩みはじめるきっかけとなり、同時にアーティストへの思いをはせた旅となりました。


ドミノシステム

1914年に鉄筋コンクリートのスラブと柱で、建物の構造を支える、ドミノシステムを考案。
それまでの建築は、壁が主な構造だったため、設計範囲に制限がありました。しかし、この画期的なアイデアでは、鉄筋コンクリートを使うことによって、コンクリートでできた、四隅の柱をコンクリートスラブでつなげた構造にすれば、大きな窓などが、自由に設計が出来ます。
さらに前後左右に増やせて、上方に積み上げていけば、どれだけでも空間を創り出すことができることを、示唆していました。
アバンギャルドな建築家として脚光をあびたコルビュジエは、この方法であれば、世界中のどこにでも大量生産可能の住宅を建築することができる、ということを意図していました。
現代の都市景観であるビルやマンションは、ほとんどがル・コルビュジエ・ドミノシステムの延長線上にあるといえるでしょう。


モデュロール

独自の美の基準、「モデュロール」という寸法体系を設計に用いています。
モデュロールとは、コルビュジエが人体の寸法(約183センチ・実は彼の身長)と黄金比(1:1.618・・・)から作った、建造物の基準寸法の数列のことです。フランス語のモジュールと黄金分割から作った造語で、基本的には、人が立って片手を 挙げた時の指先までの高さ(ヨーロッパ型の場合226センチ)を黄金比で割り込んで行く、という方法です。
すべての建築や、その他の機械の設計に普遍的に適用で き、人体寸法に合わせて調和した寸法の範囲だと伝えています。
日本では、丹下健三が日本版モデュロールを作成しました。


近代建築の五原則

ピロティ
水平連続窓
屋上庭園
自由な平面
自由な立面(ファサード)

コルビュジエはドミノシステムのなかで「建築的プロムナード」を提唱。
五原則をもとに、建築内外での遊歩道的楽しさを表現しています。
インサイド、アウトサイドの繋がりや、在宅時の心地よさなどをコルビュジエ的空間として構成・構築しながら、デザインしています。
1929年、コルビュジエが設計した「サヴォア邸」は、近代建築五原則の代表作です。


晩年

1955年、後期の代表作「ロンシャンの礼拝堂」はカニの甲羅をモチーフにした独特な形態で自由な造形をしており、従来主張していた機能性・合理性とはまったく違うことを表現した建築になっていて、とても興味深いです。
1965年、南フランスのカップマルタンで海水浴中に心臓発作で死去。
享年78歳。
Tabi/世界の建築 2010年6月
前のページに戻る